明るい不登校のmaikoです。
メンバー紹介で「超ポジティブ!」とありました。
素敵なキャッチコピーをつけていただきとても嬉しかったです。
でも、このポジティブ思考も打ち砕かれたり、ポジティブの押し付けをしていた時もありました。
それは長女の不登校の時…
我が家の宝物達
長男は普通に学校へ通い高校も県立高校へ進学。部活に汗を流す、有意義な学生生活をおくり現在はしっかりと就職し会社員。
長女は今思えば、行き渋りは保育園入園時から。
朝、登園して帰りのお迎えまでほとんど泣き続ける。そして約1年間それを続けたと言う伝説があります。
その後小学校では3年生の時にいじめを経験。とても辛い思いをしていたのに気付いてあげられず、本人もそれが〝いじめ〟だと分からず
「自分が悪いからこんな事をされるんだ」
と思っていたそうです。
4年生では、一生懸命取り組んでいた運動会で熱中症になり、緊急で病院へ駆け込みすぐに処置をしてもらいましたが2週間位は動けずに学校を休みました。そこから
「また、熱中症になってしまうのではないか」
と怖くなり母子分離不安になり学校に戻る事をとても嫌がりました。
その後は少しずつなんとか学校へ戻りましたが、最終学年の6年生。6年間の集大成である卒業式。
その卒業式の初練習日。1人ひとりが言葉を言う場面の練習の時、緊張のせいか過呼吸になり手足が震え、その場で声も出なくなりました。
学校ではリーダーシップをとり、いろいろな事が器用にできて、学校での自分の役割を楽しんでいるだろうと、私達親だけでなく先生方や彼女自身も思っていたのではないのでしょうか。
小学校6年間、一生懸命生きてきて最後の晴れの舞台の練習で失敗(失敗ではないのだけれど)
この思いもよらない失敗に彼女自身も驚いただろうし、楽しみにしていただけに衝撃的だったのかもしれません。
そこから数ヶ月。ずいぶん苦しめてしまいました。
娘とVS、夫とVS、世間とVSをしてその結果長女は殻を被り自分を消したくなり、〝死〟という言葉を出す様になりました。
私に当たっては泣いて謝る娘。
日に日に痩せ細る彼女を見て私はどうすることもできず、悩み苦しみ自分を責めて繋がったのが不登校特例校の東京葛飾シューレ中学校でした。
私の恩師がそこの先生をしていると聞き、栃木から1人でシューレに向かいました。
そこで初めて〝親の会〟と出会いました。
シューレでの親の会に参加した私は、カミナリが落ちたように気持ちが変わりました。
私が考え行動していた〝子どものために〟は全て〝私のために〟だったのだと気付きました。
その帰りのバスの中で私は泣きながら娘に電話をし謝ったことを覚えています。
それからは長女の〝生きるエネルギー〟をためるにはどうしたら良いかを考え、彼女のキラキラの笑顔を取り戻すために〝生きるエネルギー〟をためる事が最優先になりました。
中学校3年間ほとんど学校という場から切り離し、私はイエスマンになると決めました。
そして少しずつ笑顔を取り戻し、深かった心の傷は消えないし時々まだ痛む時もありますが少しずつ癒され、氷が溶けるようにゆっくりと心が解きほぐれていくようでした。
会話や笑顔が増え「おいしい」と言ってご飯を食べる。そんな彼女を見てホッとしたことが何度もありました。
ご飯が食べれて、笑顔が見れる幸せ。
ただ、そこにいてくれる幸せ。
その幸せを感じているのは、幸せをいただいているのは〝私〟だと気付きました。
私がその幸せに気が付いたころから、我が家は幸せな空気が流れ出していました。
家族みんなが認め合い、優しく温かく笑顔が溢れていました。
その中で彼女自身も〝生きるエネルギー〟を蓄えていったのかもしれません。
その〝生きるエネルギー〟の源の1つに弟の存在があります。
次男は小学校4年生から不登校。現在は学校の勉強は全くせず、ホームエデュケーションをしています。
毎日、自分のやりたい事を好きな時に好きなだけできるホームエデュケーション。
自分から出る疑問や好奇心、やりたい事からの学びを次男は身をもって教えてくれます。
しかも、毎日〝楽しく〟です。
次男が
「僕は小学校を退学する」と言いきって私がそれを認めるまでの時間はとても早かったです。
それは長女の存在があったからです。
元々、次男の特性や個性を大切に育てていきたいと思っていましたが、それも長女の存在がなかったら彼女の時のように深い傷を負わせ、大切な個性を無くしてしまっていたかもしれません。
今、次男はみんなから認められて毎日
「生きるって楽しい」「僕は幸せ」
と実感しているようです。
まさに、〝自己肯定感〟が高く〝自分を大切に〟生きています。
それからこの2人には、心から全てを認めてくれる優しさの塊の長男の存在も大きいです。
私にとっても癒しの存在。
そうして私は大切な宝物達に多くのことを教えられて感動をもらっています。
そしてそれを私のように悩み、辛い思いをしている誰かに伝えたいと強く思うようになりました。
そこで出会ってしまったのが
〝clubhouse明るい不登校〟でした。
「これだー!」と思ってお話をさせていただいた時からずっと居座るようになり、そこが私の居場所になりました。
私の経験や子ども達の感じていたこと、今の様子などを発信し子ども達が教えてくれた
〝寄り添うとは…信じるとは…愛とは…〟を
一緒に考え、一緒に悩み、一緒に笑い合いたいと思っています。
長文を読んでいただきありがとうございました。